元プロ野球選手の清原和博さんが覚せい剤取締法違反で逮捕されたとう報道がありました。チャゲアスの飛鳥さんの逮捕以来の有名人の逮捕ですね。清原さんには以前から薬物使用疑惑の報道がありましたので、この逮捕の報道を目にして、噂は本当だったのかとうのが私の感想でした。
私は、弁護士として覚せい剤をはじめとする薬物事件には何度も関与してきました。薬物事件における弁護人にとって、薬物にハマってしまった人々を理解し、立ち直りの第一歩を踏み出すきっかけ作りが、一番大切な仕事だと思っています。覚せい剤の単純な使用や所持の事件は、検察も裁判所も画一的に処理するので、立ち直りの手助けする以外に弁護人としてあまりすることがないというか、やり甲斐がないというのが正直なところです。私は以前にタバコを約15年間吸っていたぐらいで、ニコチン以外の物質に依存していたことはありませんので、あまり薬物に依存する人々の気持ちはよくわかりません。ですので、立ち直りの手助けをするに、まず薬物にハマる人々の心理を理解する必要があると思い、薬物をはじめとする依存や嗜癖そのものについて勉強をすることにしました。
依存や嗜癖に関して勉強をすると、そもそもの疑問であり、根本的な疑問にぶつかります。その疑問とは、なぜ薬物やアルコールなどにハマってしまうのか? ということです。私自身の過去を振り返ると、10代のころ、私の親しい友人の何人かはシンナーを吸っていました。友人に頼まれて新宿にシンナーやマリファナを買いに行くのに同伴したこともあります。小さいころにローラースケートで一緒に遊んだ友人が覚せい剤に手を出したと聞いていました。なので、当時の私はその気になれば、簡単に薬物を手に入れることができる環境にありました。しかし、私は薬物やシンナーには興味がなく、したいとはこれっぽっちも思いませんでした。それがなぜなのかと今考えると、私にとってその当時も今も薬物が必要ではなかった、または、なんのメリットも感じなかったからだと思います。
なぜ一部の人々は薬物などに手を出すのか? それに対する一つの解答として、「自己治療仮説」というものがあります。自己治療仮説を簡単に説明すると、薬物などにハマってしまう人は、快楽を求めているわけではなく、生きづらさ、自信のなさ、不安、落ち込み、人間関係のトラブルなどの精神的苦痛を紛らわせるために、薬物などにハマってしまうのだという考えです。この説が妥当なのかどうかは、門外漢である私にはわかりません。しかし、現時点では、依存や嗜癖を考えるうえで、よく言及される説です。
自己治療仮説が正しいとすると、薬物などにハマらずに済んでいる私たちは、薬物などに手を出したくなるような精神的苦痛がないだけで、ただ恵まれているだけに過ぎないともいえます。逆に、覚せい剤に手を出してしハマってしまった人々は、意志が弱く、周りのことを考えないダメな人間というわけではないともいえます。つまり、違法であってバレたら多くのものを失うとわかっていても覚せい剤に手を出さなければ、やっていけないような困難な状況に陥っていただけなのかもしれません。このような捉え方が適切だとすると、私たちは薬物などのハマってしまった人々に対して、強い非難なんてできるのでしょうか。