はじめに

覚せい剤取締法違反、強制わいせつ、迷惑防止条例違反(痴漢)、飲酒による傷害事件、飲酒運転などを犯した人の中には、依存や嗜癖(英語ではアディクション)が犯罪の原因や背景事情となっている人が少なくはありません。依存や嗜癖(アディクション)という問題を抱えている人が罪を犯した場合、反省を促すだけで二度と罪を犯さず更生できるでしょうか? 罪を犯した人の努力だけでは難しいといわざるを得ません。なぜなら、依存や嗜癖(アディクション)は、自分自身でコントロールできないもの、つまり、「止めたくても止められない」ものだからです。したがって、犯罪の原因や背景事情となっている依存や嗜癖に対して適切なアプローチをしなければ、再び罪を犯すリスクを減らすことはできないでしょう。

ここでは、依存や嗜癖(アディクション)に対する適切なアプローチがどのようなものであるかを理解するために、依存や嗜癖(アディクション)の基礎的な知識を説明していきます。

依存、嗜癖(アディクション)とは?

依存とは、アルコールや薬物などの物質に対する悪い習慣で、自分自身でコントロールできなものをいいます。嗜癖とは、物質だけではなく、行為(買い物、ギャンブルなど)や人間関係(虐待、DVなど)を対象とする自分自身でコントロールできない悪い習慣をいいます。
そして、国際的な診断基準であるICD-10によると、以下の6項目のうち、1年間に3項目以上が当てはまれば依存症と診断されます。

  1. 強い渇望
  2. コントロールの欠如
  3. 離脱症状
  4. 耐性の形成
  5. 物質以外への関心の低下
  6. 有害な結果が起きているのにもかかわらず使用を続ける

依存、嗜癖(アディクション)の種類

依存、嗜癖(アディクション)の種類としてどのようなものがあるでしょうか? 1つの分類の方法として、依存・嗜癖の対象によるものです。対象が物質の場合は「物質依存」、対象が行為の場合は「行為依存」、対象が人間関係の場合は「対人依存」と呼ばれています。

物質依存、行為依存、対人依存について、それぞれの対象として一般的に挙げられているものを以下にまとめておきました。

物質依存
ニコチン、アルコール、薬物(違法薬物、処方箋、市販薬)
行為依存
過食、ギャンブル、買い物、窃盗・万引き、性行動、自傷行為、インターネット
対人依存
児童虐待、高齢者虐待、DV、共依存

物質依存は何らかの物質を体内に入れるので、行為依存や対人依存との区別がつきやすいです。一方、行為依存と対人依存の区別は必ずしもはっきりしているとはいえません。例えば、暴力を振るうタイプの虐待やDVの場合、暴力という行為に依存していると捉えることもできます。

しかし、一般的に、家族などに暴力を振るう人は、誰彼かまわず暴力を振るうわけではありません。例えば、DV被害の相談などで、結婚する前はとてもいい人だったのに、結婚してから急に暴力を振るうようになったという話をよく聞きます。このようなDV加害者が暴力に依存しているのであれば、恋人同士のときから暴力を振るっていたと思います。したがって、このようなDV加害者の場合は、暴力という行為よりも、夫婦関係における支配関係の方が重要なのだと思います。

精神依存と身体依存

もう1つの分類として、精神依存と身体依存というものがあります。精神依存とは、依存・嗜癖の対象への強い欲求があり、コントロールできない状態のことをいいます。それに対して、身体依存とは、アルコールや薬物などの物質が身体にある状態が通常となり、それらの物質が抜けると離脱症状が生じる状態のことをいいます。

身体依存の意味からすると、物質を体内に入れるタイプではない行為依存や対人依存の場合は、身体依存にはならないことがわかります。他方、精神依存は、物質・行為・人間関係にかかわらず、起こり得るものであることがわかります。

否認の病

依存症や嗜癖(アディクション)は、「否認の病」であると一般的に言われています。これはどういう意味でしょうか? 依存症の人は、そもそも自分が依存症であることを認めません(これを「第1の否認」といいます)。そして、自分が依存症であることを認めても、その依存の対象を断ち切れば、その他に何の問題もないと考えがちです(これを「第2の否認」といいます)。「否認の病」という言葉は、アルコール依存症でよく指摘されていました。しかし、このような傾向はアルコール依存症だけには限られず、程度の差や表現の違いはあれ、その他の依存症や嗜癖(アディクション)にも見られます。

このような「否認の病」としての側面があるため、依存症の治療になかなかつながりにくいといわれています。確かに、自分が依存症であることを認めていない人が、自ら進んで精神科に受診するとは考えにくいでしょう。このように依存症の治療につながろうとしない人については、いわゆる「底つき体験」を待つしかないと従来からいわれていました。「底つき体験」とは、依存や嗜癖(アディクション)により、何度も問題を起こし、家族や職など多くのものを失い、どん底まで落ちる体験をいいます。このような「底つき体験」を経ることで、依存症から回復したいという気持ちが生れ、依存症の治療につながると考えられていました。

しかし、「底つき体験」を待つことに問題があることが指摘されるようになりました。その問題とは、「底つき」に至る前に、身体を壊して亡くなったり、また、自ら死を選んでしまうということがあるということです。最近は「底つき体験」を待つのではなく、早期介入や早期治療が重要であると考えられています。否認する依存症の人を治療につなげる方法として、動機づけ面接法やCRAFTなどが活用されています。

なぜ依存症になるのか? 〜自己治療仮説〜

人はどうして依存症になるのでしょうか? お酒が好きな人は多くいますが、たまにハメを外すことがあっても適切な飲酒ができる人もいれば、コントロールできないぐらいに飲みすぎてしまう人もいます。これは、ギャンブル、買い物やインターネットの場合も同じです。また、覚せい剤などの違法薬物に手を出す人もいれば、違法薬物に手を出すなんてまったく考えられない人もいます。これらの違いは一体どこにあるのでしょうか?

この問いに対して、定説と呼ばれるような答えはありません。しかし、最有力な説として「自己治療仮説」というものがあります。「自己治療仮説」とは、薬物などにハマってしまう人は、快楽を求めているわけではなく、生きづらさ、自信のなさ、不安、落ち込み、人間関係のトラブルなどの精神的苦痛を紛らわせるために、薬物などにハマってしまうのだという考えです。