はじめに

覚醒剤を繰り返し使用してしまう脳内のメカニズムについて、まだわかっていないことが少なくありません。しかし、現時点でわかっていることを、覚醒剤事件を多く扱ってきた弁護士が説明します。

脳の報酬系

ある行為を繰り返し行うのは、脳内の報酬系が深く関わっています。報酬系とは、中脳にある腹側被蓋野ふくそくひがいやから前脳にある側坐核そくざかかくまでに至るドーパミン神経の経路を指します(図1)。

脳の報酬系

図1 脳の報酬系(沖縄科学技術大学院大学の提供)

神経細胞(ニューロン)

ところで、脳は、神経細胞(ニューロン)、グリア細胞、血管から構成されています。覚醒剤の脳内の働きを理解するためには、そもそもニューロンと何か、どのような働きがあるのかをわかっていた方がいいです。そこで、ニューロンについての説明をします。
ニューロン(図2)の役割は、信号を受け取り、その信号を次に伝えるか否かの判断をし、そして別の細胞に信号を送ることです。ニューロンの「樹状突起じゅじょうとっき」が他の細胞から信号を受け取ります。信号は「軸索じくさく」を通り、「軸索終末部(端末)」から神経伝達物質を放出され、この神経伝達物質が他の細胞に信号を伝えます。

ニューロン

図2 ニューロンの模式図


あるニューロンから別のニューロンに信号が伝わる部分を「シナプス」といいます。信号を伝えるニューロンを「シナプス前ニューロン」といい、信号を受け取るニューロンを「シナプス後ニューロン」といいます。シナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンとの間には隙間があり、この隙間を「シナプス間隙かんげき」といいます。
神経伝達物質は小胞の中に入っており、その神経伝達物質はシナプス前ニューロンの軸索終末部(端末)からシナプス間隙に放出されます。その神経伝達物質に対応する受容体に神経伝達物質が結合することで信号が伝わります。
シナプス間隙に放出された神経伝達物質は、次の信号に対応するために、シナプス間隙から除去されなければなりません。除去される方法として、トランスポーターと呼ばれるタンパク質によってシナプス前ニューロンに取り込まれるなどがあります。
以上が、ニューロンが別のニューロンに信号を伝える仕組みを簡単に説明しました。

ドーパミン神経

覚醒剤の脳内での働きで重要になるのは、脳の報酬系における神経伝達物質としてドーパミンを放出するニューロン(ドーパミン作動性ニューロン)です。
覚醒剤を使用すると、ドーパミン・トランスポーターから覚醒剤がシナプス前ニューロンに取り込まれます。覚醒剤がドーパミン・トランスポーターから入る代わりに、シナプス前ニューロン内からドーパミンがシナプス間隙に放出させます。また、覚醒剤は、シナプス前ニューロン内の、ドーパミンが入っている小胞に入り込み、ドーパミンを小胞から放出させます(図3 なお、この図は覚醒剤ではなくコカインの作用を示すものですが、イメージをつかめるので掲載しました)。

シナプス

図3 ドーパミンの働くシナプスの模式図(「快感回路」図1-4)


このように、覚醒剤を使用すると、シナプス間隙のドーパミン濃度は高まります。その結果として、信号の伝わりが本来の作用より強く、かつ、長時間になります。
覚醒剤を繰り返し使用すると、脳の報酬系が異常な状態となり、元に戻らないような変化が生じます。このような変化が覚醒剤の依存(特に渇望の発生)と深く関わっていると考えられています。

参考文献・参考サイト

  1. 井上堯子・田中謙「改訂版 覚せい剤Q&A 捜査官のための化学ガイド」(東京法令出版 2008年12月)
  2. 廣中直行「依存の生物学的な機序」(「こころの科学」182P22、日本評論社、2015年7月)
  3. 道又爾・岡田隆「認知神経科科学」(放送大学教育振興会 2012年3月)
  4. デイヴィッド・J・リンデン「快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」(河出書房新社 2014年8月)
  5. 脳科学辞典(最終閲覧日 2018年8月16日)